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マーシャル便り


ポンペイ

ミクロネシア連邦のポンペイ(Pohnpei)島へ行って来ましたので、紹介させて戴きます。DXペディション報告としては別に紹介があると思いますので、ここでは観光兼無線運用適地としての紹介をしたいと思います。

飛行機から見たポンペイ島 直径約22Kmの円形の島で山もあり植生も豊かで美しい海もダイバーに人気があります

この写真は、三宅さんの計らいでV63VEQSLカードにもデザインして戴いていますが 、左側の細い道のように見えるのが空港へ続く道路です。
左から中央部にかけての手前のあたりがコロニア市内、中央部海岸より少し上の丘に白く見えるSouth Park Hotel(だと思うのですが)に宿泊しここから運用しました。

空港の航空写真 大分古い写真が空港に貼ってありましたので撮ってきました。多分この空港が出来た当時の写真と思われます。コロニア市内へ続く道路が見えます。空港からは車で数分でコロニア市内です。

ポンペイ島の地図 これまでの2枚の写真とこの地図を見て戴くと空港やコロニア市内が島の北側に位置することがわかると思います。

ポンペイ島へのExpeditionは、日本からJA1KJW中山・JA1JQY松井両OMがマジュロまで来てくれて、一緒にポンペイへ行き無線と観光を楽しんだと言うものです。
ホテルは日本から松井OMが(日本人の)菅沼さんが経営するSouth Park Hotelを選定、予約してくれました。

ホテルから見た景色 特徴のある岩が西側に見えます。この岩はソケース・ロックと言いポンペイのシンボルです。

この岩山はSokechs Mountainとも言われ、ハイキングコースとして整備されていて途中には第二次大戦の戦跡があるとのことでしたが、登り口から往復3Hはかかる由 、今回は登るのを断念しました。

ホテルの庭北側 アンテナを張るには理想的な広い庭です。写真に見える(屋根がある)階段を降りて右側に宿泊したコテージ(317号室)があります。

ホテルの庭西側 西側にも適当な椰子の木がありワイヤーDPを張るには好都合です。

このホテルは、無線運用には適しているとして、既に滞在した経験のある方も多いかと思いますが、これから計画される方のためにホテル敷地の概要を以下に示しておきます。
このホテルは、広く美しい芝生の庭とここからの景観がすばらしく、ワイヤーDPを張る椰子の木も適度にあって申し分ありません。

South Park Hotel(Pohnpei)配置図
(pdfファイルで提供しています)

さらにこのホテルの良かったことは、レストランでおいしい日本食が食べられたことです。
最寄りのスーパーマーケットへも歩いて10分弱で、コロニアと呼ばれる市街地へも歩いて行ける場所にあります。
レストランやスーパーで「こんにちは」とか「ありがとう」を地元の言葉で話すと、いっそう親しみが増します。
参考まで、ポンペイへ行かれる方のためにポンペイ語をここに少しだけ紹介しておきます。本当は少ししか紹介できないのです(笑)

Good morning Menseng mwau (メンセン マウ)

こんにちわ → Souwas mwau / Kaselelia(カセレリア)    

Good evening Soutik mwau

Good night Pwong mwau 

ありがとう → Kalangan (カランガン) 

豪華な夕食 ホテルのレストランで刺身と豪華な夕食を堪能しました。

朝から豪華な朝食にご満悦なJA1KJW中山OM

コロニアは歩いても見てまわれるメイン道路で1Km位の広さです。ここに沢山の観光ポイントがあります。
私たちは、あまり時間も無かったので、ホテルオーナーの菅沼さんにタクシーを手配して頂き2−3時間でざっと見て回りました。

プロテスタント教会 1930年代に建てられたと言う教会です。むろん今も使われています。

ドイツ鐘楼 ドイツ時代の1909年に建てられたカソリック教会のBell Tower跡です。さすがに苔むして時の流れを感じさせます。

慰霊碑 スペイン統治時代に作られた城壁跡の一角に日本人による慰霊碑がありました。

植物園の中の廃墟 コロニアのはずれに植物園があります。この中に旧南洋庁熱帯産業研究所の建物跡がありました。

植物園の敷地の中に観光局があり、ここで観光案内書がもらえるというので行きましたら、観光開発のため来てると言う青年海外協力隊の女性隊員に会うことが出来ました。
そして戴いた何種類かのパンフレットは、何と日本語で書かれしかもとても良く出来ていました。ポンペイが観光に力を入れているのがわかりました。 

 戦車 切手ショップのすぐ近くの駐車場の奥に止められてあった旧日本軍の戦車。

ポンペイ島には、このほか観光ポイントがたくさんあります。
その中でも、島の東南の浅瀬の島々にあるナンマドール(Nan Madol)遺跡は圧巻です。
ボートで行き、途中美しい海をシュノーケリングで楽しみ、滝を見て昼食(弁当)を食べナンマドール遺跡を見るツアーに参加しました。 

シュノーケリングポイント ツアーは同じ飛行機でポンペイに来たオランダの青年と一緒でした。ここで2時間近くきれいな海を楽しみました。

ケプロイの滝 Kepirohi Waterfallです。ポンペイ島はAtollではなく島ですので滝も川も沢山あります。

滝つぼの主 この場所は観光客がお弁当を食べる場所になっているせいか、足もとの深さ数センチの水に食べ物を投げると岩の間から大きなウナギが出てきておいしそうに食べます。

誰かがつかもうとしてバシャとやるのですが、ウナギは余裕でぬるりと逃げていました。
どうやらウナギもなれているらしく、慌てる様子もなく、まるで人間が遊ばれている感じでした。
私がご飯粒の付いた手をおそるそる水に入れたところ、出てきてすっかり平らげました。
野生のウナギにエサをやったのは初めてでした。
少し離れたところで2m位のが居たと騒いでいましたが、私がご飯粒をやったのは1m以下だったと思います。
おいしそうなどと言ってはいけません、ここではウナギは神聖な生き物とされています。  

ナンマドール遺跡 この遺跡は一種の巨石建造物です。長さ10m弱の細長い六角柱状の石を積み上げてあります。

ナンマドール遺跡入口 海からは狭い入口を通ります。干潮時には船で入ることが出来ません。

祈りや審判の場所 入口からすぐの島にある、歴代の王の墓があり祈りや審判の場として使用されたという場所。

2重の城壁 多いところは3重の城壁になっていると言う説明が有ったように記憶しています。どうやってこの重い石を積み上げたのか謎の多い遺跡です。

広がる水路 このような水路で結ばれた大小92の人工島からなる海上都市で、11〜16世紀ポンペイを統治したサウテロール王朝時代に作られたと言われています。

他にもポンペイにはダイビングに適した場所もたくさんあります。また、ここは戦跡がほとんど当時のままで残されていると言われています。今回は、無線に観光にシュノーケリングにと短い日数に欲張ったため戦跡巡りは出来ませんでした。
日本でも入手出来るポンペイの観光案内書(日本語)の中に127ミリ対空砲の写真とその下に書かれてあった1文に私はとても感ずるところがあり以下にそのまま紹介させて戴きます。

ポンペイ観光案内書 ミクロネシア連邦政府観光局とポンペイ州観光局による日本語の案内書で、とても良くまとめられています。

 

  ポンペイに今も残る戦跡は、

     そのほとんどがうち捨てられたそのときのままに置かれ、

          草木に呑まれようとしている。

   観光地として人の手が加えられたりもしておらず、それだけに生々しい。

       草木に覆われながら海をにらんだ大砲も、

     今なお微かに、余燼をくすぶらせているいるかのようだ。

     戦争の跡と聞くと、暗く悲しいイメージがつきまとう。

   だが、実際その前に立ってみると、当時の日本人の「生」が見えてくる。

        単なる昔の行為の跡としてではなく、

     人間の生きた証として、立体的に見る者に迫るのである。

       ひとつの独立した国として、また日本人として、

  生き抜き生き残るために必死だった当時の「生」の余燼に触れてみることは、

     21世紀に入った今、意味のあることではないだろうか。

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