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Midway 環礁 運用記 2000年 9月



ミッドウェイ島(環礁)は、正式には「ミッドウェイ環礁特別自然保護区」と云います。よくあるアメリカの国立公園とは異なり、いくつもの絶滅危惧種の保護を本来の目的としているために、ここにいる(訪れる)人には特別なルールが定められてきました。しかしそんな島も、今ではそれらのルールを理解し、また遵守できる人であれば誰でもが歓迎されるのです。

現在ミッドウェイへは、ハワイからアロハ航空が毎週土曜日に1便を飛ばしています。(臨時便もあります)約3時間のフライトで降り立ったに島は、島全体が空港ではないか?と思わせるほど、不釣り合いに大きな滑走路があります。普段見かける事のない巨大な格納庫には、今でも大きな”アメリカ空軍”の文字がありました。この絶海の孤島の過去を思い出さないではいられない、強烈な第一印象でした。

広い滑走路を歩いて行くと、この島に勤務するKH6D Billと、到着した便で入れ違いに帰るKH6YK Tedの2人が我々を出迎えてくれました。



左:KH6D Bill   中央:KH6YK    Ted 右:私(JF1OCQ)



右端はJE1RXJ後藤さん

私と同行のJE1RXJ後藤さんは、チェックインもそこそこに早速Billの案内で、普段彼が使っているシャックへ案内してもらいました。その部屋は、空港の格納庫の一角にあって、広さはおよそ20畳あり、元はどんな目的のための部屋だったのか、大きなドアと厚い壁は防音処理がされている様でした。このシャックは、島を訪れるハムは誰でもが使用できるようにと、Billと島の通信の責任者のMikeが維持管理しています。




部屋にはこの大きさの机が3つあります。 広い!

 シャックには、TS-930やTS-440などがありますが、これから行かれる方はなるべくリグを持参する事をお薦めします。各バンドのアンテナも、この大きな格納庫の屋上に建てられています。



見えにくいですが、左にDPの給電部、中央に6mの5エレ八木 右にForce12

160m用のDP、G5RV、Force12-C3S、マリン用のバーチカルなどがシャックから切り替えて使えます。但し、我々外来者が格納庫の屋上に上がる事やリニアアンプを使用する事、また格納庫以外(宿舎など)でアンテナを建てて電波をだす事などは堅く禁止されています。その理由として、格納庫自体は1950年代に建てられ老朽化が進んでいて危険な事、またミッドウェイでは、今でも太平洋を渡る航空機や船舶との通信を司るため、それらへの影響を避ける必要からと云われています。



アンテナについてBillから説明を受ける私(左から2人目)。
右端は通信の責任者のMike、その左はN7DZS Al

シャックに案内されて、最初にBillから一通りのアンテナなどの説明を受けました。彼のご好意で、何と我々が滞在する間は、この部屋を24時間自由に使って良いとの許可をいただきました。私と後藤さんは逸る気持ちを押さえながら、持参したリグをセットして行きます。そして、9/21の0800Uに後藤さん(NB6A/KH4)が21MHzのCWでサービスを開始しました。1st EverはJF1QBNで、あっと云う間にパイルアップになりました。しかし好調なJAに対して、Eu方面のコンディションが今ひとつぱっとしなくて、IBPをワッチしても信号が強くないので心配しました。彼はこの後の数時間を40m CWでJAとW中心に約300局にサービスを行いました。一方私(W1VX/KH4)は、0830U JA6DZTを皮切りに20mのCWから運用を開始しました。到着の興奮もあって、私としては呼ばれるまま運用を続けたかったのですが、明日の朝は来島者全員に義務づけられいるオリエンテーションの受講があるので、早々に宿舎に戻る事としました。後藤さんはこの後、現地時間の朝4時までサービスしていたとの事です。




パイルアップと格闘するNB6A後藤さん
パドルの具合が悪いにも関わらず、CWでも大サービスを行った

到着の翌朝、我々は島の歴史や自然保護に関する、そのオリエンテーションに出席しました。ここでは、島を管理しているミッドウェイフェニックス社にお勤めの田畑さんが、日本人向けの講師として約2時間説明をして下さいました。絶海の孤島に見える島でも、実は海流に乗ってやってくる大量の漂着ゴミの問題に苦慮していて、それらを餌と間違って捕食し、死んでしまう鳥が後を絶たないと云うお話でした。日本を離れ、ここで頑張っている田畑さんを始め、数名の日本人の方々のご苦労に頭が下がる思いでした。




今は無人島になっているEastern島に残る米軍の3インチ砲座
高角対空砲として巡洋艦に搭載されていたもらしい
この女性は、野生生物保護局のレインジャーで、とても美しい方です。
でも、彼女の英語は、内容とは別にアメリカ人らしい、とてもくだけたしゃべり方でした。
(悪い意味ではありません。親しみ深いと云う意味です)

ところで、島の設備の多くは、軍が管理していた頃のものが大半の様です。宿舎はブラボーとチャーリーと呼ばれる2棟で、元の士官宿舎でしたし、ギャリーと呼ばれる食堂は社員大食堂にそっくりです。食事はもちろんアメリカンスタイルですが、ライス、カレー、ミルク、果てはソフトクリームまで自由に好きなだけ食べる事ができますので、毎食のメニューの心配をしないで済んだのには、とても助かりました。

島で栽培していると云う新鮮な野菜も揃っていて、とても太平洋の真ん中の島とは思えませんでした。この日の朝、我々がオリエンテーションや食事をしている間に、通信責任者のMikeが、我々のために6mの5エレ八木を建ててくれました。



パイプに差しただけなので曲がってはいるが、ドンぴしゃJAを向いている。
マスプロ製の6m 5エレ八木

これは後藤さんが、何とかしてJAへのサービスを行いたい、と願った彼の熱意が、BillやMikeに伝わったものと思います。しかし、6mのコンディションは予想以上に悪くて、QSOを約束したKH6YK Tedの信号すら聞こえて来ない状態に、少なからずがっかりしました。

しかし後藤さんは、敢然と持参したビーコン装置をIC-706につなぎ、24時間連続の発射を始めました。そしてこの日の午後、6mのビーコンは発射したまま、我々はBillから借りた自転車で島内観光に出かける事にしました。我々がいる島は1周7〜8kmですし、道も整備されていて自転車で充分回れる広さです。風は心地よく、そして海は素晴らしく透明で、文字通りの白砂とマッチして絵はがきの様な美しさです。途中偶然にも、桟橋近くで保護種のハワイアンモンクシール(アザラシ)を見ることもできました。愛くるしい顔を見ていると、とても絶滅危惧種とは思えないのですが、ゴミの問題などに代表される文明の波はこんな絶海の孤島にも及んでいるのです。

でも一方で、こんな孤島でしか体験できないであろう嬉しい事もあります。この島では、スタッフとして働く南西アジア出身の方々が多いのですが、皆が一様ににこやかで、道ですれ違う時にはゲストやスタッフの区別なく、手を挙げて挨拶を交わす事が自然にできるのです。警察官のいない(?)、”不思議”な島はとても平和な島でした。



写真の中央が、我が愛車(愛輪?)。これで島の中をどこでも行けます。
この自転車ブレーキないんですよ! 分かります?

島内巡りをした21日の晩、突然6mのビーコンに応答する局があり、後藤さんが直ちにコールバック、0854U VK4BLKとCWでの6mの1st QSOが成立しました。 今度は0918Uに VK4ZJR 、0922Uに VK4ZNQとQSOできました。

一連のQSOの後、後藤さんもミッドウェイからの6m 1st QSOに感激ひとしおの様子でした。また翌22日の同じ時間帯に、再び彼はVK4BLKとQSOに成功します。その後続いて0933UにはT30JHとV73JK、0958UにはP29KFSとQSOに成功しています。残念ながら今回はJAとのパスには恵まれませんでしたが、後藤さんの情熱が、条件の厳しい中でも4エンティティ 12 QSOを実現させたのでしょう。

この21日の晩もハイバンドのコンディションが悪く、20mですら何も聞こえない状態でした。仕方なく後藤さんが80m / 75mをワッチすると、JAが思いのほか強いのでベアフットですがサービスを開始しました。75mではWから、80m CWではJAのパイルになったそうです。これだから寝ている暇はないのです。 Hi !結局、彼はそのまま朝まで呼ばれ続ける事になります。

あっと云う間に滞在期間は過ぎて行き、もう明日は帰国しなければならないと云う日。結果としてはコンディションに恵まれたDXバケーションにはなりませんでしたが、さすがに帰国の前日は週末にかかったので、各バンドで大変なパイルアップになりました。




全体的にはコンディションに恵まれなかったけれど、でも沢山の方々にコール
いただきました

その中で、私が運用した23日0928Uからの40m CWは圧巻でした。JAとWの信号が互角に聞こえてくるので、まさにミッドウェイ日米激突と云う感じでした。意識している訳ではないのですが、ログに交互に並ぶ日米コールサインの数々を見ていると、どの様に聞こえていたかが良く分かります。後藤さんは、帰国日の朝から夕方の出発ギリギリまで、コンディションの悪かった分を取り戻す様に、懸命に皆さんにサービスを続けましたが、ついにその時が来ました。断腸の思いで9/24の0403ZにQRT致しました。実質3日間のQSO合計は、私が1811局、後藤さんが2170局でした。

思えば、ずっと遠い島の様に思えていたミッドウェイに、こうして行くことができたのは、私にとっても貴重な体験でした。渡航前に現地の詳細な情報を下さった、ミッドウェイフェニックス社の田畑さん、滞在中ずっと親身にサポートしてくれたKH6D BillとMikeには改めて感謝致します。




これも米軍時代の名残。
KH3やKH9への距離が示される。
これらの島にも、いつか行ける日が来るだろうか

いろいろと守るべき規則の多い島ですので、これから行かれる方は是非ともミッドウェイアイランドジャパンオフィス(平井さん:03-5721-5864)にご相談下さい。

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